脳神経外科医のがん闘病記 寛解までの記録 

進行がん ステージ4でも怖くない

 

2017年11月

 

 尿管がん

 多発転移から5年目に入った。

 抗がん剤治療を休薬し2年、

 生きている証として、

 闘病記を出版した。

 

      

 

 

● ステージ4から寛解をもらうまでの要約

 

私は、自分が病気になる前から、抗がん剤治療の矛盾に気付いていた。がんで死ぬより、抗がん剤の副作用によって殺されたと思われる多くのケースを見てきたからだ。 特に70歳以上の高齢者に処方される抗がん剤の標準治療は、副作用が薬効を上回っているケースが多いように思う。そもそも抗がん剤の効果の有無を調べる治験は、18歳~70歳の若い層を対象に行われてきた。ところが、今や全てのがん患者の6割が70歳以上と言われている。したがって、70歳以下の標準治療を70歳以上に適用するのはどだい無理がある。私は、高齢者には標準治療の量を減らして処方するのが常識と思っている。実際私は標準治療量を受けたばかりに抗がん剤による腎障害で血液中のナトリウム(塩分)が腎臓から漏れる低ナトリウム症(意欲低下、食欲低下、不整脈、ふらつき、さらには意識障害)になった。減塩から断塩のゲルソン食をしている私には塩分調整の難しい生活になった。多発転移のステージ4から寛解に至る道のりはきつかった。

 

1. 睡眠

9時就寝による睡眠を確保した。良質の睡眠は、腸の免疫を元気にする力がある。睡眠不足はリンパ球を減らし免疫力を落とす。睡眠不足による免疫力低下は睡眠薬の副作用より大きい。

 

2. 筋肉を鍛える、骨を鍛える

毎日ラジオ体操と1時間のウォーキング。歩けば着地の重力効果を受け骨は丈夫になる。腸腰筋は大腿骨の頚部に付着しているから歩けば腸腰筋は鍛えられ腰痛は消失、排便良好、睡眠の質も良くなる。いいことだらけだ。最近の研究では、骨と筋肉からがんの増殖を抑えるメッセージ物質が出ていることが証明されつつある。

 

3. ゲルソン断塩食療法

搾りたての野菜ジュースを毎日2L飲んだ(ニンジン2㎏、野菜2~3kg)。牛乳、バター、卵、肉など二足動物、四足動物のたんぱく質を絶ち、イカの刺身とししゃもに限定した。そして低ナトリウム血症を是正するギリギリの塩分摂取に抑え癌の住みにくい体質に向け努力した。正式ゲルソンは厳しすぎてできなかったが実行可能な簡易ゲルソンを考え出し頑張った。妥協した簡易ゲルソンでも効果を実感した。

 

4. リンパ球を維持する

抗がん剤治療中、白血球に含まれるリンパ球(免疫力)を1000個以上に保った。治療中リンパ球が1000個以下に低迷すると抗がん剤の延期または減量を主治医にお願いした。しんどい時は予定の抗がん剤点滴を休んだこともある。

 

5. 低用量の抗がん剤

私が選んだのは標準治療の半分量以下の低用量抗がん剤治療だった。しかも、古くて安い薬ばかりで新薬ではなかった。抗がん剤は患者のがん種の特性にマッチしないと高額な新薬でも効かないのだ。最近はがんの遺伝子検査でどのがんにどの抗がん剤が効くか適性を探す時代となった。

 

6. これから

医師仲間から今生きていることが不思議だと言われるほど悪性度の高い尿管がんだから治りきることはあるまい。大学病院、がんセンターだからとまるごと信用してはいけない。診断まではよいが、治療法については他の医師にも相談し、自分も勉強し、自分が納得する治療選択をすべきである。これからも情報収集し、このブログを通して伝えていきたい。

2013年5月

手術で摘出した腫瘍の病理検査の組織像は『上皮がん・腺がん・肉腫様』の入り混じった超悪性尿管がんだった。この説明を受けた時、頭の中は恐怖で真っ白、これでは助かる道はない、終わりと思った。

 

2013年9月

余命1年の告知を受けたときの胸腹部CT検査所見は、

①右腸骨稜の矢印部に骨が溶け空洞に見える2.5cm大の骨転移(+)

②右上葉6mm大の小結節は3週間前に比べ増大し肺転移疑い(+) ⇒ 肺転移(+)

③腹部大動脈周囲に15mm大複数のリンパ節転移(+)

④その他胸腹部大動脈周辺に怪しい複数の腫大リンパ節(+)


● ステージ4からの出発 患者として、医師としての葛藤

 

 2010年6月、アップダウンの強い往復40kmのサイクリングに挑戦した。祝杯のビールの後、トイレで真っ赤な血尿にびっくりした。慌てて受けた検査結果で尿管がんと診断。早めの手術と抗がん剤による化学療法を勧められた。妻の7回忌を済ませた直後の発病であった。三度の食事にすら大変な独居老人にとって、がんと戦えるのか、疑問と不安がいっぱい。結局のところ、71歳の自分は無治療を選択した。医師仲間から、君はどうかしていると叱責されたが、自分の選択の間違っていることを認めつつ、生きたくないパワーのまま時間が経ち、リンパ節転移が始まった。


 2013年5月、大学病院で右腎臓、右尿管、一部膀胱の摘出手術、腸骨リンパ節の郭清手術を受けた。

 

 2013年6月、随分迷ったが術後の抗がん剤治療を受けることにした。1回目の3種類の抗がん剤GCP治療は受けたがあまりにしんどくギブアップした。2回目の点滴治療は受けず自己判断で退院した。

 

 2013年8月、骨転移、腸骨リンパ節転移、肺転移疑い、親しい内科医から余命1年の告知を受けた。

 

 2013年9月、主治医のいない不安な日々であったが友人の紹介で新しい主治医(呉共済病院)との出会いを得た。

・放射線治療2回

・抗がん剤治療25ヶ月

 

 2016年2月、新しい主治医のもと、2年半の闘病を経て、とりあえずの寛解をもらった。

 闘病中、がんに「がんこちゃん」の愛称を付けた。

 

  

予期せぬ出会い

 

突然の血尿
寝ても覚めても
私の心を占拠し
心の苦しみ
 体の苦しみまで
私を虜にした
どうしようもない出会い
しかし君は私の一部
5年の葛藤が過ぎ
今君はどこにいる
  不気味な寛解
   

2016.2月

 

◆ ◆ ◆

 

 

がんじぃさんの奮戦記

 

2018年1月

寛解をもらって2年、ブログを公開した

 

再発の心配、不安は強いが、憂き世を浮き世にして面白おかしく生きなきゃ損々」こんな小唄が江戸時代にある。難しく考え難しく生きるとしんどいばかり、、、生きている間は小唄のように、これからの人生を楽しみたい。

約2年休んでいたブログを公開したのはがん治療の原則は病気を隠さず、広く情報を入手したいからだ。私はいずれ来るだろう再発に備え免疫治療への道を探っている。 

20201月  

他力でなく自力で必死に生きる 

膀胱再発から紆余曲折の試練はあったが念願のオリンピックイヤーを迎えることができた。最近の相談電話ではステージ4で多臓器転移が多発し自ら積極的治療を放棄した人が増えている。その一方で無意味ではと思われる抗がん剤治療、放射線治療を続けている人もいる。かって病院経営をしていた頃、私も御多分に漏れず経営に無知だった。その頃お世話になった方を正月明け早々お見舞いに伺がった。明らかに緩和医療の段階なのに抗がん剤と放射線治療を受けておられた。私なら裸足で逃げ出す段階だ。自己免疫という最後の砦を破壊するのは、1)抗がん剤、2)放射線、3)痛み、4)サルコペニア、5)栄養不足などである。本人に確たる意思があれば避けることができるものばかりだ。

 

19日 3回目の膀胱内視鏡手術TUR 

3回目のTURのため聖マルチン病院入院、膀胱腫瘍切除後抗がん剤注入。手術は腰椎麻酔下に9ヶ所生検、3mm大腫瘍は筋層まで切除、腫瘍周囲の表面は直径2cm範囲を電気メスで焼却した。翌日血尿が続き後出血の可能性があるので様子を見ていたが1000ccを越える出血は膀胱内血塊を作り無尿となった。血圧低下、頻脈、深夜緊急手術となった。平素は34日だが56日の入院となった。思ったより回復は早く翌週から仕事に復帰できた。

主治医から1月20日TUR切除病変部の1箇所に癌を認めたとの連絡
病理検査には「10箇所のうち1箇所に乳頭状配列を示すG1-2相当の癌を認めます」と吉報ではなかった

 

2020年2月

2年連続で正月明け早々坂出S病院で内視鏡手術を受けた。今年も1月はあっという間に過ぎた印象だ。昨日石垣島で冬を過ごしている20年来の友人に会ってきた。彼は3年前私が肺がんの手術を勧め躊躇なく手術を終え93歳の今もとても元気でゴルフと麻雀を楽しんでおられ今日も8000歩歩いたとおっしゃる。この人に会うと不思議な元気をもらえる。帰るとき玄関からの急な階段を手すりも持たずトントンと下りて見送られたのにはビックリ、私は手すりを持つことができず見栄を張って下りたが、、、、負けている(笑)。負けてなるかと帰る途中車を降りて歩いた。

ついでにもう一人の友人を訪ねた。元は中小企業の社長さん、負債で倒産、自己破産し夜逃げ同様に石垣島へ、今は山中に放置された3000坪の荒れた畑を年間8,000円で借りて無肥料無農薬で果樹や野菜を栽培している。家は手作りのトタン屋根、収入は微々たるもので食べるのがやっとだが無農薬の食材のおかげでこんなに元気ですとニコニコ顔。無農薬無肥料だと全ての収穫は7分の1程度と少ないが何物にも代えられない安心感がある。絞りたてのサトウキビを湧き水で割って飲ませていただいた。その美味たること、言葉がないくらいだった。彼曰く、全てを捨ててこちらに住んで自然農業をしたらほんまに100歳生きれますよと勧めてくれた。

いただいたご質問への返事 がん補助療法

 

みなさんから私にいただいたコメントは秘書から連絡があると見る程度である。治療法がなくなった見放され癌、自ら治療を放棄した末期癌の人たちに参考にしていただきたいと取り組んでいる治療法がある。その効果は立証されていないが私は何がしかの治療効果はあると考えており体に負担のないものを選んでいる。そのひとつがフェンベンダゾールでありメラトニンであり丸山ワクチンなどである。新しく知りえた知識を追加しており、明神館クリニックのホームページがん治療相談に載せている。

 

 

最近癌友を見舞って感じること、、抗がん剤副作用に対する知識は自分の命を守るカギ

 

私の闘病ブログは個人的なものだが、それでも間違った情報を発信しないよう用心している。私自身医師でありながら闘病を通し医師を信用することの難しさと怖さを知った。癌患者にとって最後の砦は自己免疫だと思っている。この最後の砦である自己免疫の状態に関心を持ち注意を払ってくれる医師は少数派に思えてならない。もうひとつ怖いと思うのは癌治療専門医と標榜しながら抗がん剤の副作用の本当の怖さを知っているのだろうか、知っていても他人事なのだろうかと不安になる医師もいる。あちこちの病院に癌友の見舞いに行く度にひどいと思うのは入院治療計画書の記載内容の簡単すぎることだ。家族同伴の席で記載不足を補う具体的な説明があったのならよいのだが、、本人に聞いても家族に聞いても抗がん剤の名前すら言えない人がいる。医師は忙しすぎるのだろうがそれにしても手抜きが目立つ。血液検査結果を見せてもらうが白血球分画(好中球、リンパ球、単球)の意味すら患者本人に説明されていないことがある。抗がん剤の副作用は骨髄抑制による貧血、白血球減少による易感染性、リンパ球減少による自己免疫の低下、血小板減少による出血傾向(鼻血、歯茎出血、皮膚紫斑)、そして肺炎、なかでも間質性肺炎は怖い。細菌性肺炎や間質性肺炎の早期発見と鑑別にはCRP、SP-A、SP-D、KL-6はとても大切な採血検査である。抗がん剤による肝障害や腎障害は見落とされることはまずあり得ない。リンパ球減少による自己免疫の低下と初期の間質性肺炎は見落とされやすく、この二つは闘病中頭から離してはいけない。入院中定期的に血液検査がある。この検査結果はきちんとファイルして保存すべきである。そしてリンパ球数は通常1000個以上あるのだが、恒常的に1000個を切るようであれば要注意。700前後で休薬を検討。500以下では抗がん剤を即中止しないと助からない場合がある。入院中ナースがやってきて指先で酸素濃度を測ってくれる。安静時94%以上あれば大丈夫だが93%以下は要注意、90%前後はもはや危ない。リンパ球数の計算は白血球数×リンパ球%=リンパ球数である。

 

春はすぐそこまで

実ってきたパイナップル、満開のマンゴー、ぼつぼつ咲きそうなコーヒー

手入れもしないのに新鮮なイチゴを毎日楽しんでいる。

2020年3月

3月に入り3~4ヶ月ごとに行うBCGの膀胱内注入療法をやってきた。昨年5月から始めたこの治療は3月2日に9回目、9日に10回目となった。生の結核菌40mgを膀胱の中に入れる治療について話は聞いていたが自分が被験者になり、しかもベテランに入りつつあるとは人生は不思議だ。BCGは結構強烈だ。頻尿と排尿痛に苦しめられる。人為的に急性の結核膀胱炎を起こすわけだから体全体に変化が来る。BCG注入当日1日で体重が2kg増える。原因は全身の浮腫だ。10日の夜体重は78.3kgあったが夜6回の排尿1800ccで翌朝の体重は76.5kg、それでも下肢には浮腫がまだ残っている。翌11日私は出勤した。息子達から親父は自分らより元気、前向きと言われる。私が行っている丸山ワクチンとBCGを併用して免疫力を高める治療の実践例は日本では極めて珍しく初めてではないだろうか。高須克弥氏にも丸山ワクチンとBCG療法をお勧めしたい。

 

結核菌療法の効果は好中球とリンパ球の比率に表れた。

2月の2回の採血だけでは断定できないがリンパ球の比率30%台を喜んでいたが、なんと超久しぶりに40%台の若者並みになった。一過性かもしれないが、それにしても記録更新したことは間違いない。 ⇒詳しくはこちら

 

学生時代漕艇部の過酷な練習の中に青春を発散した。昭和33クルーでエイトを漕いだ生き残りは私だけ。過酷なスポーツをした人は短命と聞いているがそうかもしれない。昔馴染みの桑野造船からシングルスカルが届き60年振り、春分の日に息子が船をセットし孫たちと一緒に川岸まで運んでくれた。なんとか沈せず波を切って感激。家では早速ローイングエルゴメーターで筋トレを開始、癌を忘れるほど気分は爽快。息子は同じ大学、同じ漕艇部、同じ脳外科医と私の後をひたすらついてくる。可愛がって育てて良かったとつくづく思っている。

2020年4月 膀胱内視鏡検査

この13日月曜日3ヶ月ぶりに膀胱内視鏡検査のため坂出S病院を受診した。画面に映し出された膀胱内はまるで爆撃を受けた跡のように荒れていたが異常ないので次は7月内視鏡でよいことになった。

 

 

終わり

何人も死を逃れることはできない

死には色々あり がん死は目立つ

延期できる死 延期できない死

その差はなんだろう

明るい性格 暗い性格

前向きの性格 後ろ向きの性格

余裕のある体力 余裕のない体力

余裕のあるお金 余裕のないお金

愛のある伴侶 愛のない伴侶

そして

有能な主治医との出会い

 

私のコロナ対策

 

世の中はコロナ一色、私の外来も患者さんとの間を透明ビニールで仕切り2mの距離を開けて診察している。最も危険な老医師対策だとスタッフが張り切って手作りしてくれた。闘病中の方で体力十分と言い切れる方は少ないと思う。マスクの他に何かコロナウイルス対策の飲み薬はありませんかと聞かれることがある。メディアで報じられている通り効きそうな薬は政府が流通規制をかけ政府管理にしようとしているため手に入りにくくなっている。現時点で私が自費診療で入手できたのはフオイパン錠、タミフルカプセル、ストロメクトール(イベルメクチン)である。ストロメクトールは感染症に関与してきた医療機関が優先されており一般の病院、クリニックでは自費診療でも入手は難しくなっている。フオイパン、タミフル1人分自費で4,100円、ジェネリックで約2,000円と誰でも手の届くコストではある。私は微熱が出たら迷わず10~14日間内服しようと思っている。政府はアビガンに力を入れているが後進国では安価なメラトニンを推奨している。内服量1日40㎎以上は日本人にとっては多い量に思える。

この4冊は闘病に必要な参考書として貴重な知識と教訓を与えてくれる名著。時間的余裕のない方への一押しは正しい食生活を教えてくれる神尾哲男さんの「死なない食事」そして気持ちの持ち方を教えてくれるケリーターナーの「がんが自然に治る生き方」である。がんに正しく向かうにはこの2冊をお読みになることをお勧めしたい。世の中はコロナ一色、福山も21人発症、午後は安全なハウスの中で農作業をしている。今は開花に備えコーヒーの木の剪定作業が忙しい。日が照るとハウスの中は35度、ストレリチアが咲き、コーヒーも咲き始めた。

千葉からいただいたストレリチア

咲き始めたコーヒーの花

2020年6月

BCG膀胱注入療法11回目(6月1日)12回目(6月8日)を始めた。カテーテルで結核菌を膀胱に注入し10分おきに90度体を回転させる。今回は70分で排尿、注入4時間後から排尿痛が始まりボルタレン座薬25mgで対応した。夜は19時消灯、1時間おきにトイレ通い、4時半の排尿を機に起床しニンジンジュースを作る。6時から豆腐汁とオートミールで朝ご飯を済ませ8時出勤した。

 

自力で生きる

女の世話になると
楽な分だけ
弱い人間に落ちぶれる
自力で生きる充実感は
素晴らしく
最高の幸せ 
BCG膀胱注入療法
始めて2年になる
一人で対処
ベテランになった 
癌があっても
心が回復し強くなれば
一番の健康
生きがいは仕事
楽しみは食事

 

丸山ワクチンの効果 ☜クリック

 

2020年7月 

膀胱癌4回目の内視鏡手術
 
2つ目の癌、2018年9月から今回で抗がん剤治療を含め8回目の入院治療となった。同い歳のなかにし礼さんも私と同じ時期に食道癌を患い、同じステージ4を彷徨い寛解再発と2つ目の癌との最中にある。なかにし礼さんは私より厳しい闘病だが妻の他にも手術説明中に失神する娘さん医師に決断を迫った息子さんがおられる。私の人生自分の孤独と脇の甘さ人の良さを嘆いていたが、病気のおかげで全てを受け入れ自分を許す世界に入れた。
点滴と膀胱カテーテルの入った状態で付き添いなしは大変だがコロナで皆同じ、気持ちは壮健爽やかだ。人間誰しもいつかは病を患う。発病して10年ステージ4から寛解を経て再発し7年。かつては多くの患者さんの手術、そして今は脳過敏症治療の仕事に恵まれ納得の人生をさせていただいている。私には特上無関心とはいえ子供にも恵まれ孫8人に恵まれ十分幸せと思っている。残された時間は私を頼っておいでになる患者さんの苦しみに微力ながら役立てれば無上の幸せ。入院計画書では10日のところ我儘なお願いし3日目の早朝退院、瀬戸大橋を渡り私を待っていてくださる患者さんのため朝一番に明神館に駆けつけた。いつも通り診療。名医 西光雄先生、スタッフの皆さんに感謝🙏😊 2020.7.15記

 

 

共存だよ全員集合

 

生物の基本は

共存だ
腸内細菌
神経ウイルス
そして私の癌は
エプスタイン
ウイルスかも
カビもある
水虫 カンジダ
アレルギー
酵母から
お酒まで
多細胞生物真菌
真菌からバクテリア
バクテリアからウイルス
人の遺伝子はウイルスから
おやまあ
みんな共存だ
2020.7.17  朗報
病理検査の結果が届いた。病変部を含め8ヶ所採った組織の結果は癌は全て陰性だった。9月のBCG膀注療法まで自由時間を楽しみたい。

 

2020.8.11

半年ぶりに石垣島で2週間の夏休みを満喫した。デール・ブレデセンのリコード法を改めて熟読した。毎日泳いでスキューバ、オンライン診療をした。

リコード法は私の認知症外来の強力な助っ人だ。もう一人の助っ人は脳科学者の川戸佳さんだ。川戸さんは脳で性ホルモンが作られていることを確認した人である。彼の宦官の話は面白い。宦官は精巣(金玉)を抜き取った人たちだが無理やり抜き取られたのではない。下層階級の若者は自ら志願して宦官になっている。中国と言わずヨーロッパでも多くの宦官が政治経済、学問の分野で活躍した。歴史家の司馬遷、武将で大航海の指揮官を務めた鄭和は有名である。性ホルモンは内臓脂肪からも作られるが海馬視床下部など脳でも作られるのだ。精巣(金玉)がなくても智力、体力に勝り活躍した宦官の話はうなづける。子供を作れないので妊娠の心配はなく後宮において女官にもてたようである。したがって、80歳を過ぎても頭を使えば脳から性ホルモンが分泌され記憶力と若さが保たれる。年だからと引退するのはもったいない話だ。

 

2020年9月

BCG膀注療法13回目、14回目を受けている。6月は70分だったがこの猛暑体をいたわらねばと今回は注入後45~55分で排尿している。その分、排尿痛は軽く随分楽だ。Lamm法に基づき今後の膀注療法治療計画を立てた

 

 

気温上昇を受けこの春バナナの露地栽培に踏み切った。予想通りすくすくと育ち、たわわに実っている。7日朝到着と聞いている超A級台風10号、西にそれてくれればありがたい。

2020.9.14
大型頻尿台風14号去って、このニ日ぐっすり快眠した。高齢者認知試験も無事終えた。3年前は96点、今回はどうかな、、
猛暑で人間関係の揺らいだ食のライフラインだが自分がしっかりして論文を書く仕事に集中し、二本の論文ができあがったらその後は完全なる老後を始めたい。昨日は風の吹く中を芦田川でシングルスカルを漕いだ。
同い年の有名人西川善文さんが亡くなった。あの切れ者がアルツハイマー病とは驚き、癌より怖い病気だ。

8月31日、9月7日、14日、BCG膀注療法15回となる。これで前半のLamm法満願達成した。これから1週間頻尿とのお付き合いが始まる。頻尿、排尿痛は慣れたが夜頻回排尿による睡眠障害は結構こたえる。 

 

2020.10.3

連続3回のBCG膀注療法は相当にこたえた。BCGの影響による前立腺炎のため夜間尿閉に難渋した。幸いユリーフ4mg1錠夕食後が効いたが、回復に約1ヵ月の時間を要した。しばらくBCGを休まないと体がもたない。きしくもLamm法も15回膀注後は半年あけるので次回BCG膀注は来年3月となった。

 

2020.11

82歳になった。何年振りか!?、、芦田川遊歩道でジョギングを始めた。60mから100m、200m達成、次は300m、最終目標は1000m。男にとって筋肉のきしみは快感だからジョギングは一番の贅沢かもしれない。課題は体重、身長173.5に75kは重い、せめて72kにしたい。あと6年米寿まで走れて仕事もできたら最高の贅沢。

膀胱がん治療2年間のまとめ

 

2018年9月から始まった尿管癌に続発した膀胱癌の治療を一段落した。2年2ヶ月の闘病となった。カテーテルによる抗癌剤動注療法、内視鏡による腫瘍摘出術TUR、BCG膀胱注入療法、丸山ワクチン、ゲルソンジュース療法の組み合わせによる複合治療であった。2019年1月膀胱癌切除術TUR以来、4月、7月、11月と4回の膀胱内視鏡検査で癌を認めなかった。癌は一段落したかと思っている。今後3ヶ月おきの内視鏡検査、6ヶ月おきのBCG膀胱注入療法、1日おきの丸山ワクチン、そしてゲルソンジュースは維持していくことになる。2年間の治療を振り返って体にしんどいのはBCGだ。この治療だけは好きになれない。BCGの副作用とも思われる繰り返す前立腺炎の影響で排尿困難が進行しユリーフ4mgでは効果が弱く、ついにアボルブの内服を始めることになった。男性機能にとってはあまり飲みたくない筆頭薬だ。この闘病で得た丸山ワクチンの嬉しい置き土産は免疫力の総元であるリンパ球が若者並みに増加し安定したことだ。3~4ヶ月後から効果が出ると説明を受けた通り、2020年2月から40%台に上昇、以来2000個を超えるリンパ球を維持しており、この増えたリンパ球が癌の再発を抑え込んでくれると期待している。がん細胞の増殖を抑えるのは健康な骨と筋肉からのメッセージ物質という私の持論を実践すべく日々1時間5000歩強のウォーキングと幾ばくかの筋トレを行っている。体調からくる実感としてこれで癌は落ち着くのではないかとの希望が芽生えている。3年ぶりに受けたPET検査は異常なく陰性だった。区切りをつけたいので、今月をもって膀胱癌の闘病ブログを休むことにした。闘病ブログ再開のないことを願っている。

          ◆

 

追記:気が付いてみれば同期の医師の中で人並み以上に働いているグループに仲間入りしていた。

がんサバイバーとして私が体験したがん治療のコツについて闘病中の方の相談にのってあげたいと明神館クリニックでがん相談外来を設けている。自分の足で歩いてこれる方に限定している。希望者は事前にホットラインで必要項目を記入の上申し込みください。


          ◆



読後感 Y.O

カタカナと医学的な専門用語に戸惑いながらも心に響く『進行癌ステージ4でも怖くない』を梅雨さなかのある日読了しました。2010年6月尿管癌の発病から過酷な余命告知に耐え2015年9月の寛解宣言に至るまでの闘病記です。闘病の苦難と混迷、余命1年の告知を乗り越えての10年後の今日がある、著者の歩みに感動しました。癌闘病にとって大切な実行や医学的な配慮を解く記述を読みながら私が一番感銘したのは行間ににじみ出ている人としての生きざま、情念、感懐の語りです。心打たれることしばしばでした。人生に偶然はない、全てが必然である、人生に確かなものはない、全てが不確実である、自分を勇気づけるものは自分に向かって励ます言葉に勝るものはない、人は幸せを未来に見ようとしかしない、過去の幸せを忘れ今の幸せに気が付かない、幸せとは何だろう。エベレスト登頂に成功した後、下山中の事故で突然逝去された奥様への心情、、君が生きているうちにありがとうの気持ちをうまく伝えられなかったなどの述懐は本書が病克服の単なる闘病記ではなく人生真実の背骨のような吐露として私たちの胸を打ちます。本書には何人かの癌発病された生涯の友との交流が語られています。偶然とは思いますが私と同じ食道がんの方がおられました。残念ながら懸命な加療むなしく逝去されています。私はその方の無念さを背負いながら前途ある踏ん張りを大切にしたいと思っています。心と体が元気になると生きると言うことがこんなに楽しいことなんだと闘病を通して改めて知ったとの著者の思いを私も体験できるよう、そして今からでも遅くはない、心が折れそうなときに励ましてくれる人に恵まれますように、、毎日を闊歩していきたい。

読後感の締めに私の座右の章句をつぶやきます。『絶望が虚妄なること 希望も相同じ』 2020.7.15


尿管がんに罹患した明神館クリニックの太田浩右医師の
闘病記です.

http://www.myojin-kan.jp/

 

書籍内では,

低用量化学療法(=少量抗がん剤治療)を自らの治療に

導入されたことを書かれています.

 

特に146頁〜152頁の

低用量化学療法に対する考察は「正鵠を射ている」と

感じるところです.是非,お読み下さい.

 

日本国内の全く異なる刻と場所で,

抗がん剤の少量使用に対して同様の見解を

共有できる医師がいらっしゃるという事実は,

とても勇気づけられることでした.照れ

 

また,以下のページも合わせてお読み下さい.

『闘病記大田浩右』

https://stage4.jimdofree.com/


#2の方へ:メイル拝見しました。期待のフェンベンダゾールは日本では医薬品として承認されていません。私は薬効にほとんど差のないメベンダゾールを勧めています。メベンダゾール治療については明神館無料相談ホットラインをご利用ください。他の薬との併用注意はありますが併用禁忌はありません。フェンベンダゾールに関する問い合わせが増えているため対応が間に合わない状態です。2019.7.31

コメント: 4
  • #4

    松茸屋さんです (金曜日, 18 10月 2019 12:50)

    神経膠腫(こうしゅ)(グリオーマ)の松茸屋です
    先生がこのような素晴らしい取り組みをされていることを 知ってしまい
    感激してしまいました。
    本日厚生労働所医薬生活衛生局に電話いたしてG47Δの事で
    第一三共に聞いていただける所まで、話を持っていきました
    いつ頃申請が出るかは答えられない可能性がありますが
    先駆け審査指定を取っている薬品ですので
    率先してお話いたしますと 答えをいただき
    更生労働大臣に話をしていただけるであろう所までは
    お話いたしました。
    明日 先生に詳しくお話いたします

  • #3

    TADA (金曜日, 13 9月 2019 16:23)

    先生の文脈ではないように思えるのですが、誰が投稿しているのでしょうか?
    先生の見解ということで、お間違えありませんか?

    また、このブログはいつから初められているのでしょうか?
    過去の闘病体験も記載されていますが、ネットを検索してみたところ
    2010~2017年には公開されていないように思えます。

  • #2

    KYOKO (木曜日, 13 6月 2019 21:36)

    初めて拝見します。フェンベンダゾールに興味を持ち検索するうちにたどり着きました。
    この駆虫薬は、他の薬との併用に禁忌はないのでしょうか。
     ステージ4で再燃性前立腺がんの父に時間がなく、イクスタンジというホルモン剤と併用してもいいのか気になって調べています。奇跡が起こることを願っています。

  • #1

    lié M (水曜日, 24 10月 2018 09:02)

    こんにちは。
    先生に、8月から診ていただいているものです。
    9月の受診時に、先生は少しシンドそうでしたので、実は心配していました。(といっても、お会いするのは未だ2度目ですが・・)
    ほぼ元の生活に戻られたこと、ホッとしました。流石大田先生^^

    先生も放松、私も放松をこころがけます。
    ファンソンを鼻母音で発音すると、まるでフランス語みたいです。